食べすぎるな!

過去のストレス喰いから健康を害した自分に向けた、魂の戒めのブログ

今回の糖質制限プチ断食行の経過観察_01-003

 

先日の検査で、

糖尿病関連の検査項目は以下の数値となった:

          血糖値              HbA1c(国際基準)

今回 :      82(空腹時)   5.0

1か月前: 91(ほぼ空腹時)    5.2   

2か月前 :     71(空腹時)            5.4     

 

この1か月間の変化は:

🌸 糖尿病の数値が引き続き改善傾向(HbA1cが過去8年間で最低値を更新した)

🌸 腎臓の数値が大幅に改善(推定e-GFRが60台から20以上上昇したので一瞬目を疑った)

🌸 コレステロールの各種数値が大きく上昇(基準値を大幅に超えた)

🌸 尿酸値が落ち着いてきた(前回は基準値超えだったが、今回は基準値内に低下した)

 

上記は、厳しい糖質制限+1日1~1.5食を約3か月継続した結果である(体重が12%減少してBMIはギリギリ「痩せ過ぎ」圏に)。 腎臓の数値が目を疑うほど大幅に改善したのは、体重(筋肉量)の減少に加えて、三木治療法を参考に天然塩を微量溶かした水を飲み始めたためではないかと思われる(『世にも美しいダイエット』でM先生(三木先生)が語っていた内容を参考にしたが、これは、三木治療法と同じようにかなり厳しく糖質を制限していたためである。 もしも、ご飯もパンもある程度食べてOKでお酒も飲めるみたいな、ゆるやかな糖質制限、あるいは食事内容に制限をしない通常食を行っていた場合は、塩分を少しでも多めに摂るようなことは絶対にしなかったと思う)。 

 

問題は、コレステロール値の上昇である。 糖質制限推進派の医師の先生方のサイトを見ると、よく見られる現象のようであるが、私の場合はかなり大幅に上昇した。 これは、糖質制限+一日1~1.5食という過激な行であったからだと思う。 このような過激なことを行ったのは、最近の3か月間は健診や診察で定期的に検査データが得られる状態だったので、何かあればお医者さんのチェックが入るだろうと思ったからである。 そして、実際にチェックや所見をもらえたので良かったと思う。 医師に診てもらわずに素人が一人であまり過激なことを行うと危険だと思う。  何かの項目の数値が改善すると、他の何かの項目が悪化するというトレードオフがいろいろあるのだということを、今回の行で知った。 

現時点で20歳時の体重まで戻り、血糖値と腎臓の数値が改善したので、ここからは行を緩めて様子を見ていく。 油の摂り過ぎかな?と思っていたので、とくに動物性油脂の摂取を減らしてみる。 青野菜メイン+脂質&タンパク質多めの食事を続けてきて、青野菜は牛馬のごとく食べてきたと思っているが、油を減らす一方で、より一層青野菜や豆腐類を食べてみる(三木治療法では豆類の摂取は禁じられている)と同時に、魚や脂肪の少ない肉は食べていこうと思う。 また、根菜類や少量の穀類などを通して糖質の摂取を増やしていって様子を見ていく。 これからは、自分にとって最適な食事のバランスに近づいて行けるように、修正を繰り返してオプティマムな着地点を探っていく。 そのために、定期的に血液&尿検査を受けられる環境を整えていく(今回の腎臓の数値(クレアチニン)の大幅な改善がにわかに信じ難く、またコレステロール各数値が非常に気になるところなので、次回も注視していく)。

【追記①】上記の件について、清水泰行医師のブログに興味深い内容があった:

糖質制限とLDLコレステロール上昇6 みなさんの血液データから

糖質制限とLDLコレステロール上昇

【追記②】下記サイトに、個人的に参考になる内容が書いてあった(私が感じているのと同じ方向性が示唆されている):

What to Do If a Low-Carb Diet Raises Your Cholesterol

What happens to your cholesterol on a ketogenic diet?

If you’re Keto, your Lipids may be Misleading - New Report Suggests (April 2020)

Frontiers | A Standard Lipid Panel Is Insufficient for the Care of a Patient on a High-Fat, Low-Carbohydrate Ketogenic Diet | Medicine

Is Keto Bad For Cholesterol? | Mark's Daily Apple

Cholesterol and Low-Carb Diets: Guide – Diet Doctor

 私の場合は自己責任で行っているので、判断が難しいところであるが、何をするにしても最終的には自己責任である。 

 

もうひとつの問題である便秘は、何が何でも解消したい。 物心ついた頃から便秘症の人間が牛馬のごとく青野菜を食べると、晴れて開通するどころかかえって大渋滞をひき起こしてしまうことが、実感としてわかった。 そもそも、野菜は肉よりも消化が悪いはずである。 だいたい、野菜をはじめ植物の多くは、骨も無いのに自立して生えている。 セイタカアワダチソウなんて、草なのに人の背丈ほど高くなる。 これは、セイタカアワダチソウをはじめ植物の茎の内側が、根から吸い上げた水やミネラルを輸送するストローのような管(くだ)を束ねたような構造になっていて構造的に強度があることに加えて、細胞壁が頑丈なため、骨もないのに自立できるからである。 草の細胞壁が頑丈なのは、細胞壁の中にセルロース繊維が含まれているからである。 セルロースよりも固くて頑丈な繊維が、リグニンである。 リグニンは、樹木の幹や枝といった固いウッド(wood)部分の材料である。 樹木は、固いウッド(wood)でできた幹で自らを支え、空に向かって伸びてゆき、四方八方に張り巡らした枝についているおびただしい数の葉を広げて、光合成に必要な太陽の光を独占しようと、何十年もかかって上へ横へと成長し、種類によってはその後数百年も生きる木もある。 セイタカアワダチソウと違って、樹木の場合は十年百年単位で生きるから、光合成で作った砂糖を原料にリグニンのような高コストの固い素材をふんだんに作って、経年劣化に強い巨大な身体を構築する経済的な合理性が成り立つのである。 このような植物に対して、動物はどうか? 動物は、柔らかいブヨブヨの肉を、固い骨にくっつけて、重力に逆らって持ち上げている。 これは、動物の肉の細胞壁が柔らかいからである。 セイタカアワダチソウは、骨も無いのに私の背丈ほどにもなるが、私のほうはといえば、私から骨を抜き取ったら、私の肉は重力によって、まるで出来そこないのゼリーのように、地べたに崩れて這いつくばってしまうだろう。 だから、骨がない動物は、重力の重みで地べたを這っているか、あるいは、昆虫のように身体の表面を鎧のような固いもので覆って自立している。 だから私は、「肉は消化が悪い」というよく言われる話を、いつも不思議に思う。 どうして、細胞壁が柔らかい肉のほうが、細胞壁が固い植物よりも、消化が悪いと言われるのだろうか? 肉が消化が悪いのなら、穀物や野菜はもっと消化が悪いはずではなかろうか、いや実際に消化が悪いから「お野菜はお通じに良い」のだ。 ムクドリは、虫をたくさん食べられる春~夏の間は、腸が短くなり、虫がいなくなって植物の種などしか食べ物がない冬の間は、腸が長くなる、という内容を生態学の本で読んだ。 ムクドリは、1年の間に、食べ物に応じて自分の腸の長さを調節できるほどの、すざまじきエネルギー効率を有していることがわかると同時に、消化のために長い腸が必要な植物は動物(虫)よりも消化に時間がかかることが示されている。

 

話をもどすが、上記のように、植物の細胞壁セルロース繊維で強化されている。 だから、牛は、胃が4つもあり、そのうちの1つの胃には専門的なバクテリアを住まわせて、セルロースなどの繊維をそのバクテリアに食べさせて柔らかくしては、また口の中にゲロ戻して反芻するようなことをして、ようやっと消化してから、糞としてお尻からボタっと落とすのだ。 かたや肉食動物の歯を持つジャイアントパンダは、1日24時間のうち睡眠の数時間を除いて笹ばかり食べているそうだが、それは、牛のように胃袋が4つもあるわけではなく、もともと肉食動物用の胃袋しか持っていないところに加えて、植物繊維のなかでもとりわけ固そうな笹を食べるしかなく、食べても笹から栄養を十分に吸い取れるような草食動物用の胃腸を持っていないので、笹の栄養の消化吸収効率が非常に悪いために、栄養が途切れないように一日じゅう笹を食べ続けているのだ、とどこかで読んだ。 ジャイアントパンダは、進化的に古い動物で、より進化したニューカマーの動物たちに棲みかを追われるうちに、笹ぐらいしか生えないような山奥まで生息域を追われてしまって、笹を食べる(しかない)ようになったのだという。 

 

私の場合、「健康に良いから」とか「お通じに良いから」とかの理由で食物繊維を大量に食べると、普通の状態で既に、出口の手前に既に石のような便が詰みあがって固まっているところに、繊維が多い便のモトが新規に不毛に積みあがっていくばかりになってしまう。 要は、大腸が全く動いていなくて、押し出す力が無くなってしまっているのだと思う。 高校を卒業した夏の旅行先で生水を飲んで食中毒になって生まれて初めて下痢をするまで、「お腹を壊す」「腹が下る」ということが一体全体どういうことなのか、とんと見当がつかなかった、筋金入りの便秘少女だった私は、20代から下剤としてセンナを常用し、その後も大黄・甘草に頼って引き続き腸をイラつかせて無理やり出していた。 このような、腸をいじめて出す強制的な排便習慣が30年以上も続くと、腸は「死に体」になってしまうのかもしれない。 マグネシウム系の下剤に至っては、「腸に水分を集めてスルっと出ます」らしいが、私の場合はスルっとも何とも音沙汰がない。  この頑固な便秘を何とか直さなくてはいけない。 「人間の心は弱いが、脳は賢い」と以前書いたが、人間の腸もまた賢いということが、ようやく実感としてわかってきた。 思い起こせば、子どものころから、人からいろいろな「便秘解消法」を指南されてきた:「寝る前に牛乳を1杯」や「起きたらすぐにコップ1杯の水を」や「パイナップルを食べると」や「こういう運動をすれば」や「油を大さじ1杯飲むと」など、数え切れない。 このようなアドバイスを聞いたり見たり読んだりした際に、私の心に湧き上がってくる感情は、怒りしかない。 「そんなもんで便秘が直るくらいなら苦労はしねーよ!」である。  巷のありとあらゆる「便秘解消法」は、私の場合は、初日しか効果がない。 腸がすぐに覚えてしまって、次の日からはまた通常の便秘状態に戻ってしまうのだ。 こちらのあの手この手の作戦で一度は騙されるが直ちに学習して二度とは騙されないという、私の腸の高度な学習能力と頑固な抵抗力には、我ながら舌を巻かざるを得ない。

 

私の腸が頑固なのは、私が頑固な人間であることを表しているのだろう。

 

便秘の原因はメンタルなものだと、私は思う。 便秘に限らず、ありとあらゆる病気や身体の不調はメンタルが原因だと思う。「病は気から」は本当だと思う。 Louise Hayさんの本You Can Heal Your Lifeに記されている、どのようなメンタル要因が身体のどこの病気や不調に関連しているかに関する記述は、非常に興味深く、個人的には多くが当たっていると思った。 「病は気から」を現代語訳すると「病はストレスから」になろう。 そして、人間が社会(=自分以外の人間)と関わりあって生きていく限り、ストレスは決してなくならない。 自分の人生と社会との関わりとストレスを、どのようにお手玉さながらにジャグリングしながら生きていくか? この、白黒はっきりした答えが永遠に出ることのない問題を、日々バランスをとりながら生きていくスキルを、失敗したり成功したりしながら、死ぬまで追い求めていくのが、人の一生なのだ、と思う。

ストレスは、ストレス喰いにつながり、それが常習化すると、自分の健康にそっくりはね返ってくる。 ケロッグのひと昔前のコピー 「You are what you eat.」 は、真理である。 ケロッグの商品ばかり食べていると、ケロッグの商品の成分で出来上がった人になる。 いつの時代も生きることは楽ではなかったに違いないが、あまたの美味しい食べ物の誘惑に囲まれた上に、社会ストレスが大きい、今の世の中を生きることも楽ではない。 だが、自分の存在を投げ出してはならない。 ヤケ喰い・お付き合い喰い・ストレス喰いは、自分の存在を踏みつけ、卑しめ、ないがしろにした結果が形となって現れた行動である。 そもそも、自分の国の古い時代の女王様の名前に「卑」という、よその国が勝手に当てた無礼な字を2000年近くも平気で使い続けていることからして、自らを卑下する卑屈な根性が染みついてしまっているのである。 本来であれば、この女王様は、フードピラミッドの大いなる基礎を形成する植物界(flora)の光合成活動に光のパワーを与えることによって、植物を食べる草食動物や草食動物を食べる肉食・雑食動物といった動物界(fauna)の、ありとあらゆる生きとし生けるものたちにとって、おおもとの生命源である「おさま」や、生命の炎を表す「」を司る、輝かしい巫女であったはずである。 私の心の中には、私のメンタルな光合成のパワーの源となる、おさまは輝いているだろうか? 命のが燃えているだろうか? 心の中にを燃えさせ輝かせることが、万病を封じ込め健康な命の炎を燃やし続ける根本である。 そして、食を制することは、自分を最も大切に思う、この世に生まれ、今を生きている自分を最も崇高な存在として尊ぶ、自分の中に燃える命のを心底リスペクトする、気高い行いである。 いろいろ試行錯誤しながら、自分にとってオプティマムな食を、引き続き追求していく:

 

 

 

 

食べすぎるな!

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