食べすぎるな!

過去のストレス喰いから健康を害した自分に向けた、魂の戒めのブログ

読書感想文:山田悟『糖質制限の真実』

 

山田悟『糖質制限の真実』(2015年11月)

 

この本が出版された2015年は、日本において今まで異端扱いされていた糖質制限にとって、メインストリームへの画期的な方向転換が行われた年のようである。

 

2015年4月から、東大病院で糖質摂取比率40%の糖尿病食が提供され始めたそうだ。 日本の国の象徴の方々が入院される東大病院におけるこの動きは、文字通り象徴的であり、「緩やかな」という条件付きであるが、糖質制限に錦の御旗が立ったようである:https://president.jp/articles/-/22187?page=3

 

この本は、糖質制限に錦の御旗が掲げられてから(=ミカドのお墨付きがついてから)半年余り経った同年11月に出版されている。 信号の色は既に青に変わっている。「糖質制限」を公言しても、もはや異端扱いされる心配はなくなった、という時機である。

 

という、タイミング的なスマートさに、著者の出身の慶応大学らしさを感じるのは私だけか? 国立大学出身者は、正面切って進んでいろんなところにぶつかりがちな、ある意味ピュアな真正直さがあるような気がするが、慶応大学出身者は、道をスマートに進めるような四方八方への目配りを無意識にしてしまえる校風があるような気が個人的にはする。 決して狡猾ということではなく、天性の素直な器用さがあるような気がする。 周囲との摩擦を起こさずにそういうことが自然に如才なくできてしまうカルチャーを、彼らは血の中に持っている、と個人的に思う。 

 

この本を読んで驚いたのは:

1965年に日本糖尿病学会が最初に食事療法のガイドラインを出した時には、糖質制限はカロリー制限に併記されていたのに、1993年に同学会は、カロリー制限だけを残し、糖質制限を削除する方向に方針を変更してしまった。

という内容だ。 

かつて日本では、糖質制限は公に認められていたのだ。 それがアメリカさんに右へナラエッ!で糖質制限が削除されてしまった、と匂わせる内容となっている。

 

ところで、この本の内容から、山田医師と江部医師の間には何があったのか?と勘ぐってしまう。 山田医師から江部医師に対する確執のようなものを感じる。 山田医師は、自らのチームが2014年に出した高次のエビデンスによって日本人における糖質制限の有効性を初めて示したと唱え、つまり、自分が日本における糖質制限のオフィシャルな開祖であると主張し、それ以前の糖質制限は「民間療法レベル」であるとし、江部医師の糖質制限の公式性を暗に否定している。 2013年のアメリカ糖尿病学会のガイドライン改訂を機に研究を始めて発表を計画していたところ、いち早く糖質制限本を出した江部医師に事実上先を越されてしまったことが、その原因なのだろうか?と、私のような愚者は邪推してしまう。

 

2013年にアメリカ糖尿病学会が食事療法のガイドラインを改定した際に、糖質制限食が糖尿病治療の第一選択肢のひとつに加えられたことが、日本国内で糖質制限をめぐるいろいろな動きが始まった発端だったのだなぁ、という印象を持った。

その後の日本における糖質制限をめぐる方向転換に合わせるようにいろいろ出てきた糖質オフやロカボといった標語の細かい違いに、私のような一般の愚者は茫然とするばかりである。 昨今に至っては、よほど売れるのであろう、低糖質の食べ物が増え、出版業界も糖質制限や炭水化物を制限するダイエットの本といった、ありとあらゆる糖質制限本が次々に出版され、いろんなお医者さんたちが本を出版して、もう誰が何の流派なのかもわからない。 糖質制限関係の流派のラミフィケイションぶりが指数関数的なので、私のような愚者にとっては、タクソノミー的にもはや追跡把握不可能である。

 

という状況では、最初にアクションを起こした先駆者の名前が覚えられるのは、世の常であろう。

もちろん、江部医師の前に、糖質制限を唱えた医師たちが複数いるし、かつて糖質制限はよほど異端扱いされるものだったのだろう、イニシャルだけで表には名前を出さない医師もいたようである(←後日記したい)。

だが、結果的に「糖質制限イコール江部医師」というイメージは今も強力である。 先駆者として丁度良いタイミングで出現したからではないかと思うし、異端扱いされながら一貫して糖質制限を提唱してきた存在だからであろう。

2017年に行われた江部医師と渡辺医師と門脇医師の3者会談は、保守本流の体制側による江部医師の存在の事実上の認知という意味があったのではなかろうか。

 

江部医師の強みは、異端扱いされていた時期も一貫して糖質制限の有効性を発信し続けた、ブレない立ち位置による信頼性に加えて、自らも糖尿病を患い、医師として、厳しいスーパー糖質制限を長年継続して良好な結果を出し、糖質制限業界で成功していることであろう。

山田医師の強みは、北里大学病院という大看板を持っていることである。 ただ、自らは糖尿病にかかっていないことが若干の弱みかもしれない。 本書によれば、緩い糖質制限をしているとのことだが、深刻な糖尿病患者にとっては、医師本人に糖尿病治療の経験がないことに、若干説得力が弱いきらいもあるのではないか?

 

最後の章の内容がいささか自画自賛すぎに感じるが、これも、自分の立場を確立するための宣伝努力かもしれず、医者の世界におけるサバイバルの厳しさの表れではないかとも思う。 ただ、「美味しく楽しく食べて健康に」は、いささかバラ色過ぎるのではないか? 「世の中そんなに甘い話はない」と老獪な面々は冷ややかに見るかもしれない。 しかし、「緩やかな」糖質制限の提唱者たちは、そんな硬派な糖質制限派のマイノリティのことは、はなから眼中にないであろう。 なぜなら、硬派な糖質制限者たちは、往々にして、糖尿病や糖尿病治療について自ら学んで知識武装しているうえに、人体実験よろしくいろいろな食品を食べては血糖値を自己計測してデータを集積&分析し、その知見をもとに自分で血糖値をコントロールしてしまうため、医者にとっては「うるさ型」の患者であると同時に、投薬の可能性も低い、儲からない人たちだからであろう。 従って、「緩やかな」糖質制限の提唱者たちのターゲット市場は、「緩やかな」マジョリティの人たちであろう。 「ロカボは国と食品企業と消費者の「三方良し」を実現する」という理想の、その「三方良し」のシステムから紡ぎ出されるのは「緩やかな糖質制限」という耳ざわりの良い言葉を「緩やかに」解釈して糖尿病にかかり、「緩やかな」糖質制限を「緩やかに」行い続けることによって幾久しく病院に投薬のために通い続けて二方にとって永続的なキャッシュストリームになると期待される、「緩やかな」マジョリティであろう。 「三方良し」と、先日触れた落語の「三方一両損」がエコーし合うが、市場で最もパイの大きいマジョリティに訴求するのはいちばん合理的な定石手段だ。 ケトン食は食べる歓びや楽しさを感じられずに脱落する人が多い、という一節が文中にあるが、裏を返せば、民間の医療機関や開業医にとって、厳しい糖質制限を伴うケトン食は、食べる快楽を諦められない「緩やかな」マジョリティ市場には全くアピールしないから儲からない、ということだろう(ここに、糖質は快楽のモトであるというコンテクストが感じられる)。 健康上の理由でケトン食を食べなければ生きられないごく少数の人たちについては、税金で経営する国公立の医療機関にお願いします、ということだろう。 それに第一、ケトン食を行う人は、医者に言われなくてもケトン食を行う:彼らは、突然意識が無くなって倒れ、頭の打ち所が悪ければ自分の命にかかわるばかりか、発作時にクルマなどを運転していたときには人の命まで脅かしかねない、てんかんの深刻な発作を持っている人や、がんで生死の瀬戸際に立たされた人たちであり、彼らは医師にとっては難易度が高い割には費用対効果が低いお客様で、しかも市場が小さい。 この対極にあるのが、生活習慣病の症状が「緩やかな」お客様たちで構成される、医師にとって難易度が低くて費用対効果が高い巨大市場だ。 病院で「穏やかな」治療を受けながら、食べる快楽(糖質)を諦めることも、手足を切断したり失明するようなことにもならずに、人生をエンジョイしたいという大多数の「緩やかな」人たちで構成される「緩やかな」糖質制限の市場は、巨大なカネの成る木に成長する見込みが高い。 子どもの頃から糖質漬けで育った成人たちがどんどん送り込まれると期待される超有望市場だからこそ、糖質制限を謳う医師たちがタケノコのように増加しているのではなかろうか。

  

この本における山田医師の主張が、他の医師が書いた糖質制限本と若干違うのは、要注意食品として果物を強調していることである。 果糖の危険性に触れる本は多いが、大概は、果物は前置きでさらっと触れる程度で、果糖ブドウ糖液糖の危険性に紙面をとってフィーチャーするのが常である。 これに対して、山田医師は、昨今の日本の果物が甘くなっており、果物はもはや「お菓子並み」の「糖質の多い嗜好品」であると、果物に関して厳しい見方をしている。 果物についてここまで否定的に書く糖質制限本は少ないのではないか。 朝食に果物とハチミツをたっぷり入れたスムージーを飲んだり果物だけを朝食に摂ることを「危険極まりない食事法」と一刀両断し、「私は糖質を一切摂っていない」と主張するにもかかわらず血糖値が改善しない患者を問いただすと大抵フルーツを食べているという事例を紹介し、果糖はブドウ糖よりも依存症になりやすいといわれている、とも述べている。 高次エビデンス主義を掲げる山田医師であるから、これらの内容は強固なエビデンスに基づくものに違いない。 

(昨今のフルーツが甘いことは、食べてわかりそうなものなのに、どうしてわからないのか? いや、ほんとうはわかってるのだ、でも、「フルーツはヘルシーだから」という無意識の免罪符を自分に出して自分を無罪放免して甘いフルーツを食べ続けるのではなかろうか?)

 

果物と同様に「ヘルシー」なイメージがある十穀米や玄米も、糖質量は白米と変わらないので注意すべきと唱えている(お米はお米だもの、当然だ。魔法は無い。これも「ヘルシーだから」という無意識の免罪符の匂いがする)。

 

山田医師は、「ヘルシー」なイメージのある果物と雑穀や玄米を危険視する一方で、人工甘味料の肯定派である。

これらの内容から山田医師のスタンスが経産省に近く農水省に遠いことが伺える(ここも慶応出身っぽいと、個人的に感じる)。

これは厚労省のサイト:果物 | e-ヘルスネット(厚生労働省)

 

文中で、Mediterranean diet のmodificationであるprudent diet に関する言及を避けたのは、果物とホールグレインと豆類の扱いが山田医師の考えと異なるからであろうか。 昨今の日本の果物が欧米に比べて果糖を多く含んでいる可能性が極めて高いこと(個人的な経験では、日本の果物はイギリスや米東海岸に比べてとても美味しいイコール甘い)、ならびに、日本の豆類の中には糖質が多いものが含まれる可能性があること(これも、両国で食べられているキドニービーンズなど、マズくはないが、日本のお豆のほうが格段に美味しい。とくに某国のベイクトビーンズはマズイ!)、そして十穀米や玄米の糖質量が白米と違わないこと(違ったらそれこそ魔法)などが、山田医師がprudent dietに関する言及を避けた背景にあったのでは?と感じる。

 

2015年に東大が事実上「緩やかな糖質制限」を認めたことで、糖質制限に日本国のミカドのお墨付きが与えられたことを契機に、糖質を制限する各種の食事法は糖尿病治療食の表舞台に躍り出た。 医学会の定義が限定的であれどうであれ、お金で回る一般の世の中では、今まで「マイナーな民間療法」の身分に甘んじていた糖質制限デファクトスタンダードの地位に躍り出て、競合する他の食事療法をぜんぶまとめて「マイナーな民間療法」の身分に落としやるほどの勢いである。 2020年現在、出版業界は糖質制限本や糖質制限レシピ本を次から次へと出版し(よっぽど売れるんだろう)、食品飲料企業は糖質オフや糖質ゼロの商品を次から次へと市場に投入し(よっぽど売れるんだろう)、まさに糖質制限百花繚乱の様相である。 これは、「質を食べなければ血値は下がる」という、素人からみて単純明快なロジックと、ちょっと試してみたら実際に効果が出たと感じる人が多いからであろう(私もその一人だ)。

 

しかし、そんな糖質制限が本流にエスタブリッシュされた今だからこそ、昨今の糖質制限ブームには塩をひとつまみして静観するスタンスが必要かもしれない。 人間は弱い。 「糖質オフ」や「糖質ゼロ」の食品は、適量を食べてこそ効果があるのであり、大量に飲み食いすれば、効果をオフセットして余りあり、かえって逆効果になってしまうのは自明の理だ。 そして、人間は弱いが、人間の脳は賢い。 「ヘルシーだから」を無意識の免罪符にして、つまり自分に都合の良いように甘く解釈して、果物や雑穀米を食べ過ぎるのと同じように、「糖質オフだから」や「糖質ゼロだから」を無意識の免罪符にして、ヒマ喰い・お義理喰い・お付き合い喰い・ヤケ喰い・ストレス喰いに走っては、本末転倒だ。 私が糖質オフのスイーツやパンが怖くて食べられないのは、自分が弱い性格でしかも糖質ジャンキーなので、「糖質オフ」を免罪符にそれらを浴びるように食べ過ぎて結果的に糖質過剰になってしまう恐れを自認しているからだ(そしてもうひとつの理由は、てんかんほど深刻ではないが、かつて片頭痛閃輝暗点症だったからだ)。 私と違って、自己規律が高い人たちは、食べ物の種類と食事量と血糖値を客観的に管理し続けることで、食べないストレスを溜めずに、長年にわたってブレずに淡々と健康を維持していらっしゃる。 そのような糖質制限のベテランの先達の方々のブログを尊敬と羨望の気持ちで拝読している。

 

今現在は、飛ぶ鳥を落とす勢いの糖質制限のもとに錦の御旗が高々と掲げられてはためいているが、いつ何どき反対側に翻るかもしれない。 日本において、1965年以降正式に認められていた糖質制限が1993年に削除され、2010年代に再び公に返り咲いた、という一連の動きを見る限り、日本(糖尿病学会)の方向性はアメリカ(糖尿病学会)さん次第であるようだ。 それに、今までもそうだったように、アメリカさんの動きだって、いろいろなインタレストパーティーたちの力学の中で今後変わっていくことが考えられる。 次にアメリカさんが左に向いた時、日本の状況も「左にナラエッ!」と急転する可能性が高いのではないか。

 

つまり、国内・海外を含めて、外野の声は猫の目のようにコロコロ変わる。 世の中の流転の中で「民間療法」と異端扱いされながらもブレずに持論を主張し世間に発信し続けてきた人もいれば、瞬く間に巨大な金の成る木に成長した糖質制限のバンドワゴンに急きょ飛び乗ろうとする大勢の人たちもいる。 「ご飯やパンを食べてもOKな糖質制限」や「厳しくない糖質制限」というキャッチコピーには、「甘さ」が漂う。 フードファディズム的なファッション(流行商品)の匂いが漂う。 「甘い」言葉でシュガーコーティングされた糖質制限を「1日3食たらふく食べたうえに間食無制限」のスタンスで行えば、絶対に失敗する。 そういう人たちの中には、自分の「甘さ」を棚に上げて無意識にこっそり発行した免罪符を後ろに隠して「糖質制限は効果が無かった」と主張する向きも出てくるだろう。 フードファディズムに感染したりシュガーコーティングされたファッションに翻弄されたり右往左往することなく、自分の内なる声に耳を傾けながら、ブレない軸を作り維持していきたい。

 

とどのつまりは、糖質制限に限らず、どんなに栄養バランスの良い食事法でも、食べすぎれば効果が無いどころか健康を害するし、よほど毒でも食べない限りは、食べる量がその人にとって適切であれば、健康に暮らせる。 結局、健康の要諦は、自分の胃袋に入れる量だ。 食事を快楽やウサ晴らしの手段にし過ぎずに、自分の身体をいたわるために、つまりは、この世における自分の存在を尊ぶために、食べる量のオプティマムな調節を生涯にわたって地道に続けることに尽きると思う。 それを肝に銘じて、これからも己を戒め励まし続ける: 

 

 

 

 

食べすぎるな!

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